連日ニュースを騒がせる、地政学園のクラスメイト、アメリカ君、イスラエル君、そしてイラン君の三つどもえの大喧嘩。メディアは単なる「不良の小競り合い」のように報じるが、事の本質はもっと複雑にねじれている。
彼らの話し合いが成立しないのには、それぞれの「家庭の事情」と「歴史のトラウマ」があるからだ。
イラン君の「現実離れした世界観」と「家庭内暴力」
まず、イラン君のキャラクターの特異性を知る必要がある。彼はクラスで唯一、「いつか僕の家の本当のカリスマ(隠れイマーム)が帰ってきて、この学園のルールを全部ひっくり返して世界を救う」という、極めて神話的な教えをガチで信じている。
彼にとって、今のクラスのルール(国際法)などは、カリスマが戻るまでの「ただの仮の姿」にすぎない。この超現実主義的な世界観が、彼を国際社会のルールから遊離させ、クラスで孤立させる一因となっている。
さらに深刻なのは、今のイラン君の「家庭内(支配層)」の腐敗だ。 1979年の革命のときは、「アメリカ君の押し付けがましい西欧化ルールは嫌だ!」という純粋なイスラムへの回帰(反抗期)だった。しかし現在、家を仕切っている指導者たちは政治や軍事の力と結びつき、すっかり強固な既得権益層と化している。
とりわけタチが悪いのは、彼の家でボディーガードを務めている「革命防衛隊」という名の部下だ。こいつらが国家の経済や中枢を牛耳り、まるで戦前の日本のように「軍が政府の言うことを全く聞かない(シビリアンコントロール崩壊)」状態に陥っている。
彼らは、ひたすら「アメリカ絶対倒す!」「イスラエルなんかこのクラスから消え失せろ!」と強硬なポーズを貫く。その一方で、一瞬で相手を消し去りうる究極の凶器「特大爆竹(核兵器)」の開発に執着している。
相手の存在すら認めない一方で、その相手を一瞬で消せる最終兵器を手にしようとする。これではイスラエル君からすれば危なくて仕方がなく、最初から対話の余地など成立しない。
「人間の盾」を使う、汚いストリートファイト
この政府の統制を離れて暴走する部下(革命防衛隊)は、長年にわたりクラスのあちこちにいるヒズボラ君などの武装組織にお小遣いや武器を渡し、中東全域に代理戦争の火種をまき散らしている。
しかし、その抵抗のあり方そのものにも、厳しい目を向けねばならない。ハマス君たちに見られるように、学校の保健室(病院)や図書室(学校)の地下に隠れ、関係のない一般の生徒たちを文字通りの「人間の盾」にして戦いを続けるやり方は、卑劣な振る舞いと言うほかない。自らの正当性を主張するのであれば、罪のない人々の命を巻き添えにする汚い手段は、即刻改めるべきだ。
本来、イラン君の家の教え(イスラム教)は、ユダヤ教やキリスト教の生徒たちを「同じ啓典を持つ仲間」として尊重し、多様な他者との共生を認める宗教であるはずだ。軍部が暴走し、他国への破壊的な干渉を続ける今の姿は、本来の寛容な教えから逸脱した、極めて危険な状態と言える。
アメリカ君とイスラエル君の「十字軍コンプレックス」
一方で、殴っているイスラエル君とアメリカ君の側にも大きな非がある。アメリカ君の強力な支援を背景に、イスラエル君が教室(パレスチナ)で強引に振る舞い、抑圧を続ける姿は、イスラム系の生徒たちに、中世にヨーロッパの先輩たちに家をめちゃくちゃにされた記憶(十字軍コンプレックス)をまざまざと蘇らせた。
アメリカ君による一方的なイスラエル偏重と武力行使が、イラン君の反発をさらに煽る結果になっているのだ。
結び:三者が机を並べて笑える日は来るか?
この泥沼の喧嘩を終わらせ、未来に平和をもたらすカギはどこにあるのか。
それは、まずイラン君が現実離れした教条主義を見直し、暴走する軍(革命防衛隊)の統制を取り戻して、本来の「共生」の精神に立ち返ることだ。相手の存在を認めた上で、核という最終手段への依存を断ち、市民を盾にするような戦い方とも決別しなければならない。
同時に、アメリカ君とイスラエル君も力による抑圧を諦め、歴史的痛みに向き合う必要がある。双方が排他的な強硬姿勢を捨て、現実的な対話へと踏み出すことこそが、中東に真の安定をもたらす唯一の道である。
……もしそれができないのであれば、残された道は一つしかない。
お互いがヘトヘトになるまでトコトンやり合い、数え切れないほどの人が痛い目を見ることで、「喧嘩はもうこりごりだ」と身をもって学ぶ。残念ながら、それしかない。
