World map continents with cracked, dry earth texture floating above dark ocean

世界はなぜ、これほどまでに混乱と対立に満ちているのか? キッシンジャーが解く国際関係

現代の世界はなぜ、これほどまでに混乱と対立に満ちているのだろうか。その根本的な問いに対し、現実主義外交の巨星ヘンリー・キッシンジャーが『国際秩序』にて圧倒的な歴史的知見と地政学的スケールで答えている。

私たちが現在「当たり前」とみなしている「主権国家の平等」や「力の均衡」に基づく国際ルールは、実は17世紀のヨーロッパ(ヴェストファーレン条約)で生まれた局地的な概念にすぎない。本書の真髄は、この欧米主導のシステムが、異なる歴史と文化を持つ地域と激しく衝突し、機能不全に陥りつつある現代世界の構造を浮き彫りにした点にある。

キッシンジャーは各地域の独自の「秩序観(正統性)」を冷徹に分析している。

・自らを世界の中心とする「天下」の概念を持ち、ヨーロッパ的な対等の関係とは異なるヒエラルキー的秩序を志向する中国
・ヨーロッパ列強が引いた人為的な国境線と主権国家体制を拒絶し、宗教的統一を目指すことで国家崩壊とテロの温床(無秩序)となっている中東・イスラム世界
・世界秩序の維持を自任しながらも、自国の「民主主義や人権」という普遍的価値観を広めようとする「理想主義」と、地政学的な力の計算に基づく「現実主義」の間で常に葛藤を抱える米国

こうした姿を克明に述べながら、さらに、核兵器の拡散やサイバー空間の登場といったテクノロジーの急激な進化が、従来の「武力による均衡と抑止」を無効化し、人間による制御を困難にしている現代特有の危機にも斬り込んでいる。

キッシンジャーが最後に突きつけるのは、「ひとつの普遍的なルールで世界を統一することは不可能である」という現実だ。破局を回避するためには、自国の価値観の押し付け合いをやめ、各国の多様な「正統性」を理解・尊重しながら、絶え間ない対話によって新たな「力と正統性のバランス」を構築し直すしかない。

米中対立の激化や中東の果てしない紛争など、日々のニュースの背後で起きている「パラダイムの衝突」の正体を知りたい方にとって、本書はこれ以上ないテキスト。世界情勢の全体像を俯瞰し考えるための「羅針盤」として、あらゆる方に推薦したい。

Colosseum ruins in Rome at sunset with orange and purple sky

なぜローマ帝国は崩壊したのか?

永遠の都はいかにして崩れ去ったのか?

イギリスの歴史家エドワード・ギボンが著した『ローマ帝国衰亡史』は、小さな都市国家から出発したローマが、いかにして地中海世界を覆う大帝国となり、そしてなぜ崩壊という運命を辿ったのかを描き出す、壮大なスケールの歴史ドラマだ。

栄華の頂点から落日までの壮大な軌跡

本書の魅力は、二千年以上前に繰り広げられた人間たちの熱い群像劇。「ローマは一日にしてならず」という言葉通り、ロムルスとレムスの建国神話に始まり、カルタゴの将軍ハンニバルとの国家の存亡を懸けた死闘(ポエニ戦争)、そして英雄カエサルの活躍と暗殺、初代皇帝アウグストゥスによる帝政の樹立へと展開、その後「五賢帝」の時代に、ローマ帝国は人類史上稀に見る平和と繁栄を謳歌するが、物語の真骨頂はここから。

軍人皇帝時代の混乱、キリスト教の迫害から公認への転換、コンスタンティヌス大帝による遷都、そして怒涛のゲルマン民族の大移動によって、かつて栄華を極めた西ローマ帝国が音を立てて崩れ去るまでの一連の過程が、劇的に綴られている。

なぜ大帝国は滅びたのか?― ギボンが突きつける衰亡の理由

最大の読みどころは、圧倒的な軍事力と高度な文明を誇ったローマが滅びた「根本原因」に対する、ギボンの鋭い考察だ。彼は、帝国崩壊の原因を単なる外部からの侵略(ゲルマン人の大移動など)だけには求めなかった。ギボンは、ローマの真の敗因は「帝国内部のいきすぎた文明の進歩、ぜいたく、それにともなう、退廃」にあると。

繁栄の中で人々が享楽にふけり、国を支える「真剣な態度」や「真の勇気」を失ってしまったこと、さらに新興のキリスト教がローマ古来の伝統や精神を弱めたことなどが、帝国を内部から蝕んでいったと論じている。

現代人への力強いメッセージ

歴史好きな方はもちろん、すべての人に強くおすすめしたい。どんなに強大で豊かな国家や文明であっても、内部の油断や道徳の退廃によって脆くも崩れ去るという歴史の法則は、現代社会やビジネス、組織のあり方にも通じる普遍的な教訓だと思う。

「永遠の都」と呼ばれたローマの光と影を通じて、人間の本質とは何か、そして社会を支える真の力とは何か、を考えさせられる、極上の知的体験となるはず。ぜひ手に取っていただきたい。

Sunrise shining over rolling hills with mist and scattered trees

成功の多くは実力ではなく、単なる運だ

成功の多くは実力ではなく、単なる運だと思え

ナシーム・ニコラス・タレブの『まぐれ』を読了。投資家や事業家が直視したくない残酷な真実、つまり「成功の多くは実力ではなく、単なる運」という事実をこれでもかこれでもかと突きつけてくる。ページをめくるたびに、過去の自分の愚かさを指摘されているようで、耳が痛かったがこれは良書。

思い返せば、私の起業が失敗せずに済んだのは「運もあるが努力のおかげでもある」とすっかり思っていた。しかし、本書の「ロシアン・ルーレット」の比喩を読んで、たまたま運良く「最悪の事態」が起きなかっただけの結果にすぎなかったのではないか。今はそう思える。

私たちはなぜか、成功した時は「自分の実力」だと言い張り、失敗した時だけ「運が悪かった」と言い訳をする。そんな都合の良い思考回路を持った生き物なのだ。

世の中の「成功法則」がいかにデタラメであるか

私はこれまで「勝者」には共通するコツやルールのようなものがあると思っていたが、すべて「たまたま生き残った勝者」だけを見た「生存バイアス」に過ぎなかった。

冷静に考えればたしかにそうだ。「勝者」の影には、同じように努力してリスクを取りながらも、不運によって破滅していった無数の「敗者」たちがいる。結果が出た後からなら、どんなことにでももっともらしい理由(因果関係)をつけることができるのだという本書の指摘は、私の考え方を完全にひっくり返した。

人間の脳は生来、確率を正しく理解できず、すぐにもっともらしい物語(迷信)に騙されるようにできている。だからこそ、特に投資については、自分の感情を排除し、「想定外の事態(=黒い白鳥)」が必ず起きることを前提とした厳格なルール(ストップロスの徹底など)で自分を縛らなければならない。

人生や市場を支配する「まぐれ(運命)」を、私たちが完全にコントロールすることはできない。古代ギリシャの賢人ソロンが言うように、最後まで何が起きるかは誰にもわからない。

理不尽な不運に見舞われたとき、それにどう立ち向かうか

ただし、何が起きても「振る舞いの美しさ(品格)」だけは、自分自身で決められる。運命の不確実さを謙虚に受け入れ、驕らず、しかし尊厳をもって生きる、それが、本書の最大の肝だろう。

Ancient warships engaged in a fierce naval battle on the sea with soldiers fighting aboard.

圧倒的な軍事力を誇るペルシア帝国に対し、なぜ小国ギリシアが勝利できたのか?

「歴史」の父が描くエンターテインメント

本書を読むうえで最も重要なのは「正確な歴史書」として読もうとしないこと。著者のヘロドトス自身、旅行で見聞きした伝承や噂、神話などを多く盛り込んでおり、本作はフィクションや「物語」としての性質を持っている。

年代記のように事実を追うのではなく、まるで神話や童話、あるいは壮大な歴史ロマン小説を読むような気持ちで、古代の地中海世界やオリエントをめぐる「旅行記」「風土記」を読む気持ちで、神託と運命に翻弄される「人間ドラマ」を味わう気持ちで読むのが、本書を楽しむ秘訣かと思う。

途中、人間の力ではどうにもならない「神の意志(神託)」や「運命」が幾度も登場し、英雄や王たちを翻弄する。たとえば、巨万の富を誇るリディア王クロイソスに対し、賢者ソロンが「人間は死ぬときを見るまで、幸福であるかはわからない(人間の運命は気まぐれである)」と述べるエピソードは非常に象徴的で、その後、クロイソスは神託を都合よく解釈してペルシアに戦争を仕掛け、結果的に自らの帝国を滅ぼしてしまう。絶対的な権力を持った王でさえも運命を逃れられないという、哀愁と深い人間観察が面白さを加えている。

「ペルシアの専制政治」対「ギリシアの自由と民主制」という大構図

物語のクライマックスとしてペルシア戦争が登場するが、単なる領土争いではない。ヘロドトスはこの戦争を、ひとりの大王がすべてを支配する「ペルシアの専制政治」と、市民たちが自ら国を治める「ギリシアの民主政治」との激突として描いている。

圧倒的な軍事力を誇る巨大な専制帝国に対し、なぜ取るに足らない小国ギリシアが勝利できたのか

それは、ギリシア人が「自由」を深く愛し、それを守り抜くために団結して戦ったから、というギリシア人からの視点ではあるものの、マラトンの戦いからサラミスの海戦へと至るギリシア人たちの決死の奮闘は、まさに「自由と民主主義の勝利」を描いた熱いドラマとして胸に迫るものがある。

人間の愚かさや気高さ、運命の不思議さ、そして「自由」の尊さを生き生きと描き出した時代劇。登場人物名や地名が多すぎて参るが(苦笑)、日本なら神武天皇の頃から百年後の頃、二千五百年以上の時を超えて当時の人々の躍動感を感じ取ることができるはず。

Sunset view of the Roman Forum ruins with the Colosseum illuminated in the background

自分の弱さと向き合い続けた青年の記録

アウグスティヌス(354年 – 430年)は、古代ローマ末期の北アフリカに生まれた思想家である。異教徒の父と、熱心なキリスト教徒の母の間に生まれ、若き日は弁論術を学びながら、かなり奔放な生活を送っていた。その過程で「マニ教」に入信するなど、思想的にも人生的にも迷い続けた人物である。

そんな彼が最終的にキリスト教の司教となり、西洋思想に大きな影響を与える存在になるまでの葛藤をつづったのが『告白』である。

本書を読み、最も印象に残ったのは、この本がいわゆる「完成された聖人の立派な物語」などではないということ。むしろ、「なぜ自分はこんなに弱いのか」「なぜわかっているのに正しく生きられないのか」という自己矛盾と戦う、一人の青年の生々しいドキュメンタリーであったということ。

若い頃の彼がマニ教に惹かれたのは、「世界は光と闇の戦いであり、自分の失敗は闇の力のせいだ」と責任を外部に転嫁できたからではないか。しかし彼は、そうしたわかりやすい答えに満足できなかった。

やがて「悪とは何か」という問いに対して、悪とは実体として存在するのではなく、「善が欠けている状態」に過ぎないという考えに辿り着く。そして、献身的な母の影響を受けながら、最終的にはキリスト教の信仰へと向かっていく。

「反省」が「感謝」に変わる

タイトルの『告白(Confessiones)』という言葉には二重の意味がある。「懺悔」と「(愛の)告白」だ。彼は単に過去の過ちを振り返りながら、ただ後悔し反省しているわけではない。「自分の意志さえ思い通りにできない弱い自分が、それでも何かの大きな力に支えられ、ここまで導かれてきた」ということに、深い感謝と神への愛を見出していた。この「弱さの肯定」こそが、本書の核心だと思う。

晩年の彼は、永遠の都と呼ばれたローマが異民族に襲われるという、まさに「文明の崩壊」を目の当たりにする。その中で提示された『神の国』という考え方は、目に見える国家や組織が壊れたとしても、自分が何を愛し、何を信じるかという軸さえあれば、人は絶望せずに生きていける、というメッセージにも読める。

1600年も前の本でありながら、そこにある問いは驚くほど現代的である。

「自分は何者なのか」
「どうすれば正しく生きられるのか」
「なぜ分かっているのに、思うように生きられないのか」


そうした問いに対して、彼はきれいごとではなく、泥臭く悩みに悩み抜いた。そして、ようやく自分なりの「納得」にたどり着こうとした。

『告白』は、偉大な聖職者の難しい本というより、自分の弱さや矛盾に真剣に向き合った、一人の青年のドキュメンタリーとして読むと、とても面白い本である。

ワシントンポスト紙に福井

ワシントンポスト紙「2024年に喧騒を離れて旅行すべき場所12」に日本・福井が選ばれた。(画像は永平寺)

2024年は日本の観光がコロナ前のレベルを超える可能性あり。都市の喧騒から離れ、最もスピリチュアルな地域を見たいなら福井へ行け。福井には寺院、温泉、芸術、食事(特に越前ガニ)があり、3月に新幹線が開通すると、東京から約3時間で到着することができる、とさ。

慧眼だ(嬉)

バーミンガム市の破産と男女賃金差

英国・バーミンガム市の破産宣言。ゴミ収集など肉体的重労働の多い男性職員にボーナスが払われ、オフィスワークや肉体的軽労働の女性職員にボーナスが払われていなかった件の訴訟で女性職員が勝訴。過去の未払賃金が莫大となり、破産宣言をする事態となっているらしい。

男女同一賃金の側面から、今後、英国の他の自治体や企業はもちろん、日本を含む世の中全体に影響しそうなニュースだ。

男女の差別なくあらゆる職種について均等に配属命令を出すとどうなるのか、男女の性差が仕事の効率性に影響を与える職種はどう考えるべきか、男女によって配属希望に違いが出ると思うがどう扱うべきか、など頭の中にたくさんの「?」が灯る。

いずれにせよ、人がやりたがらない職種(公共サービス)は高給であってよいと思うし、何となく最適値になってきた歴史のようにも思うが、今後どう賃金と適性を決めるのがフェアなのかよくわからない。

BBC https://www.bbc.com/news/uk-england-birmingham-66715441

日本産水産物輸入の全面停止

日本産水産物輸入の全面停止。「海洋が汚染される」というからには、今後、中国の人たちは海産物を食べなくなり、中国の漁船は日本近海はもちろん太平洋全体に行けなくなる。すると同国の漁業関係者や海産物を扱う業者や飲食関係者も大変困るだろうに・・・

売れなくて行き場のない日本の水産物は干物にしよう。今後、日本人がさらに魚を食べることで日本の漁業を応援できるし健康にも役立つはず w

1ユーロ=1ドル!?

大変なレベルになっている。ロシアの天然ガスパイプライン(ドイツ向け)が「定期点検」を理由にストップ。点検が終わる予定は7月21日。それ以降も止まると、お金をもらえなくなるロシアも困るが、ドイツが大変なことになり、ドイツ経由でフランスも困ってしまう。点検終了予定日の翌日・7月22日、欧州が騒然となるかもしれない。

プレスリーに謝罪したい

私が小学生だった頃か・・変なファッションの小太りのおじさん、というイメージだったが、彼に謝罪したい(謝)

米国南部・メンフィスの黒人街で育ち、トラック運転手だった彼は、踊りと歌唱の才能で一躍スターダムに上り詰めた。当時、黒人の真似をした歌い方をすると、人種隔離法によって逮捕されるという激しい人種差別の風潮の中、自分が求める音楽とビジネスの間の葛藤に悩まされる。

映画ではあまり登場しないが、彼はバラードがいいと思う。彼を全く知らない世代にも、大音量で鑑賞できる映画館でぜひ鑑賞してほしい。最高だった。
 

ナンパ失敗で女性をボコボコに


今、中国全土で話題になっている、ナンパ失敗男性グループが女性たちをボコボコにする事件。

河北省唐山市のある飲食店で、チンピラ風の男が女性三人組に声をかけて、断られたところ、その男が女性を殴り喧嘩になって、仲間が集まり、女性たちを椅子で殴るわ、店外まで髪の毛のみで引きずり倒すわ、ビール瓶も使ってフルボッコするわ、というおぞましいことが起きた。その様子が監視カメラに写っており、SNSですぐに拡散され、騒然となった。女性グループの2名重症、うち1名は死亡という未確認ニュースもあり。

一方、800メートルぐらいしか離れてないところに交番があるのに、地元警察が来たのは通報を受けてから3時間以上たってから。主犯の一人は一時警察に拘束されたが、その後自宅に戻り、救急車を呼んで病院に行ったらしい。どうも地元警察とヤクザが癒着しており、結局、管轄エリアが違う警察が総勢7名を逮捕した。横浜で起きた事件を千葉県警が逮捕、みたいな状況だ。

警察とヤクザの癒着、中国のこのエリアだけでは決してないだろう。深い闇が世界のここかしこにある、ということは頭に入れておきたい。被害女性の回復を祈るのみ。

ハリウッドはもう忖度をしない

できすぎのストーリーだが、本当に素晴らしかった。実に大画面で観るべき映画だ。一緒に戦闘機で飛んでいる気分になる。

トム・クルーズが59歳であることにあらためて敬意を表したい。

そういえば、トム・クルーズが着用していたフライトジャケットの背中。予告編で消えていたはずの日本の国旗が映画本編で復活していた。

上映する国によってディーテールをローカライズするのかもしれないが、ハリウッドはもう中国共産党への忖度をしなくなったのだろう。

デイビッドストーマ―さん 追悼

WIPジャパン社員の千種デイビッドストーマ―さんが急逝した(泣)享年59歳、来週で還暦となるはずだったのに・・

2003年頃から翻訳の協力先としてお手伝いいただき、2005年5月に入社、以降、数千万字という単位で英訳案件に携わり、英語に関してWIPのまさにアンカーだった

NZ北島出身、いつも明るくて優しくて謙虚な性格で、日本が大好き、写真が大好きのデイビッドさん、個展も思い出します 本当にお世話になりました

デイビッドさんと出会えたこと、デイビッドさんと仕事ができたことに改めて心から感謝

治療先のバンコクの病院にて穏やかで安らかな最期だったとのこと、どうかどうか安らかにお眠りください Rest in peace.

デイビッドさんの作品(写真)はこちら
https://www.flickr.com/people/davidchigusa/

「水になれ、友よ」

ブルース・リーの言葉「水になれ、友よ」を改めて載せよう。香港の皆さん、もっともっと水のようになって、信じるところを貫いてください。

Empty your mind, be formless, shapeless – like water.
Now you put water into a cup, it becomes the cup, you put water into a bottle, it becomes the bottle, you put in a teapot, it becomes the teapot.
Now water can flow or it can crash.
Be water, my friend.

心を空にして、型にはめない、形にこだわらない
水のように
コップに入れれば、コップの形に
ボトルに入れれば、ボトルの形に
ティーポットに入れれば、ティーポットの形になる
水は状況に応じて変化することも激突することもできるんだ
水になれ、友よ

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ナイジェリアグループの詐欺手口を暴露

昔、20年近く前、ナイジェリアグループという詐欺グループが日本を狙ってきた。

英語で「あなたのことはどこどこから聞いた。我々は元大統領の関係者である。輸出入で浮いた金額が3千万ドルある。これを秘かにあなたの口座に振り込むので、うち1/3はあなたが受け取り、残りはしかじかの口座に振り込んでほしい。なお一応保証金として3万ドルをこの口座に振り込んで欲しい」といった手口で詐欺を働いていた。

実際に私も郵送物を受け取ったことがあるし、だまされた方の弁護士からその訴訟関係書類の翻訳を受託したこともある。当時すでに関西で30名ほど被害を受けたと聞いたので、憶測だが全国では数百名規模の日本人が引っかかったと思われる。

その後こうした詐欺関連の連絡はメールで届くようになったが、最近FAXでも届くようになった(画像2点)。ストーリーは少し違うが、基本的な構造は同じ。手を変え品を変え困ったものだ。

「おまえのパスワードを見破った。すでにおまえのPCは感染しており俺の監視下にある。PCの中身をばらされたくなかったら900ドルをビットコインで払え」というメールも毎日届く。

いい加減、ばらせばいいのに(笑)と思いながら、こういう輩をいつか逆にだまし返してやりたいと思うのは私だけだろうか www

みなさん、くれぐれもご注意を。

膨大な日本の古文書に光が

「タイ人が日本の古文書(くずし字)をAIで瞬時に解読」というニュースが素晴らしすぎて感動した w(゚o゚)w

「古典の解読は、専門家でも1ページあたり10分程度はかかります。このAIなら、1ページを1秒間ほどで解読できます」とのこと。破壊的!

少しだけ読めそうなので日本人にはそんな発想が生まれない。が、外国人の研究者にとって古文書を読むことは苦痛でしかないだろう。

これで国内で眠っていた膨大な日本の歴史に光があたる。この研究者にお礼が言いたい。

読売新聞
https://headlines.yahoo.co.jp/hl…

20191112_191628

日本人は○○に目が行く傾向あり

Amazonレビュー評価にお国柄が出るという面白い記事に首肯した。ある製品にAという長所とBという短所があるとすると、

「Bは悪いがAは良い。だから5点評価」というのが米国、イタリア、英国、豪州、カナダ

「Aは良いがBが悪い。よって4点評価」というのが日本、フランス

長所に目が行くか、短所に目が行くか。日本人には確かに短所に目が行く人が多い。他人の短所にも自分の短所にも(笑)もちろんこの傾向は必ずしも短所ではなく長所にもなりえる。

(記事出典:家電批評 2019.2、p33)

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少数言語の絶滅を救う日本人

豪州・アボリジニの少数言語の一つ・ワルング語の最後のたった一人の話者の引継ぎ手になった日本人の記事に興味を惹かれた。

「アボリジニの言葉に再び命を吹き込んだ日本人」
http://jvtacademy.com/blog/co/one/2012/09/post-13.php

「私がワルング語を話す最後の者だ。私が死ねば、この言葉も死ぬ。私の知るすべてをお前に教えるから、しっかりと残してほしい。(I am the last one to speak Worrongo. When I die this language will die. I will teach you everything I know, so put it down properly. )」という最後のネイティブの言葉を守った日本人(角田さん)がいることに驚きと誇りを感じる。

そういえば、豪州・エアーズロック(ウルル)がつい先日登山禁止になった。私は登っていないが、先住民にとって聖地なので、もっと早くに禁止して良かったのではないかと思う。

7年前のちょうど今頃、登山口に来たら「登るな」と言わんばかりに急に強風になったことを思い出す。撮ったら、なぜか頭が青みがかって不思議な感じだった。

偶々机上を整理していたら当時先住民から買わせていただいた絵が出てきたので、メモを兼ねてアップすることに。

ウルル
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生まれる時と葬られる時の姿勢は同じ

WIPカレンダー(2019版)「絶滅しそうな言語、絶滅した言語」
11月:ドマー語 話者:340人(パキスタン最北部)
「シン」=手足を縮めて身を小さくすること(生まれる時と葬られる時)

話者数が340人ということは、言語としての絶滅は免れないだろう。

言語は違うが、日本語で「シン」は、身であり、深であり、慎であり、神であるので、実は深いところで言語がつながっているのかもしれない。「シーン」とした不思議な静寂がそこ(あの世とこの言葉)にあるような・・(笑)

あの世からこの世へ渡る時、この世からあの世へ渡る時、旅に不安があるせいか、怖いと思う時、身構える時と同じ姿勢になるのは不思議。

カレンダー_201911