正確な「記録」ではなく、壮大な「物語」として
古代世界の「旅行記」「風土記」として
神託と運命に翻弄される「人間ドラマ」として読む
「歴史」の父が描く、極上のエンターテインメント
本書を読むうえで最も重要なのは「正確な歴史書」として読もうとしないこと。著者のヘロドトス自身、旅行で見聞きした伝承や噂、神話などを多く盛り込んでおり、本作はフィクションや「物語」としての性質を持っている。
年代記のように事実を追うのではなく、まるで神話や童話、あるいは壮大な歴史ロマン小説を読むような気持ちで、古代の地中海世界やオリエントをめぐる「旅行記」「風土記」を読む気持ちで、神託と運命に翻弄される「人間ドラマ」を味わう気持ちで読むのが、本書を楽しむ秘訣かと思う。
途中、人間の力ではどうにもならない「神の意志(神託)」や「運命」が幾度も登場し、英雄や王たちを翻弄する。たとえば、巨万の富を誇るリディア王クロイソスに対し、賢者ソロンが「人間は死ぬときを見るまで、幸福であるかはわからない(人間の運命は気まぐれである)」と述べるエピソードは非常に象徴的で、その後、クロイソスは神託を都合よく解釈してペルシアに戦争を仕掛け、結果的に自らの帝国を滅ぼしてしまう。絶対的な権力を持った王でさえも運命を逃れられないという、哀愁と深い人間観察が面白さを加えている。
「ペルシアの専制政治」対「ギリシアの自由と民主制」という大構図
物語のクライマックスとしてペルシア戦争が登場するが、単なる領土争いではない。ヘロドトスはこの戦争を、ひとりの大王がすべてを支配する「ペルシアの専制政治」と、市民たちが自ら国を治める「ギリシアの民主政治」との激突として描いている。
圧倒的な軍事力を誇る巨大な専制帝国に対し、なぜ取るに足らない小国ギリシアが勝利できたのか
それは、ギリシア人が「自由」を深く愛し、それを守り抜くために団結して戦ったから、というギリシア人としての視点ではあるものの、マラトンの戦いからサラミスの海戦へと至るギリシア人たちの決死の奮闘は、まさに「自由と民主主義の勝利」を描いた熱いドラマとして胸に迫るものがある。
人間の愚かさや気高さ、運命の不思議さ、そして「自由」の尊さを生き生きと描き出した時代劇。登場人物名や地名が多すぎて参るが、日本なら神武天皇の頃から百年後、二千五百年以上の時を超える躍動感を感じ取ることができるはず。
