ロシア連邦保安局・FSBが、北海道新聞の記者をスパイ容疑で拘束した。ユジノサハリンスク支局の記者で、出国予定日の前日、サハリンで拘束され、モスクワへ移送された。裁判所は二カ月の勾留を認めている。
FSBの主張によれば、記者は日本の情報機関の指示で、ウクライナの戦争に動員された千島列島や北方領土の住民の数などを調べていたという。だが、拘束を裏付ける証拠は全く示されていない。記者は記者ビザを持ち、取材をしていた。国営テレビは、覆面姿の男たちに手錠をかけられる映像まで流した。
そもそも日本の報道機関が、政府の情報機関の指示を受けて動くというのは考えにくい。権力から距離を置くのが、報道の存在理由そのものだからである。まして北海道新聞は、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞などと並んで、政権に批判的な論調と見られることが多い新聞である。その記者が政府の手先として働いていた、という筋書きは、日本の新聞事情を少しでも知る者には、かなり無理があるように映る。
おそらく、戦争が地域社会に何をもたらしているかを伝えたい、というまさに地元紙の取材そのものだったのかもしれない。
FSBと聞いて、秘密警察を思い浮かべる人がいるかもしれない。その連想は正しい。FSBは、ソ連崩壊とともに解体されたKGBの、国内部門を受け継いだ組織である。プーチン大統領もKGBの出身で、FSBの長官を務めた。看板は替わったが、体質まで替わったと考える理由は乏しい。
外国人記者のスパイ容疑での拘束には前例があって、2023年、米ウォール・ストリート・ジャーナルの記者がやはりFSBに拘束され、米ロの囚人交換で解放された。拘束された人間が、外交の取引材料になる。そういう使われ方を、私たちはすでに見ている。
八月にはプーチン大統領が択捉島を訪れた。そういう中で、北方領土に最も近い現場で取材を続けてきた地元紙の記者が捕らえられた。中央政府の指示かもしれないし、中央政府に気に入られようと現地側が動いたのかもしれない。
情報を集めることを、スパイと呼ぶか、取材と呼ぶか。その線引きを、相手国に証拠も示さず一方的に決めるのはおかしい。現地の声を拾い、伝えることが罪になるなら、私たちが知ることのできることはどんどん少なくなる。
ロシアが解放の見返りに何を求めてくるのかは分からない。制裁緩和だろうか。囚人交換ではないことは確か。
日本にはスパイ行為そのものを罰する法律がない。外国の工作には無防備なまま、自国の記者だけが相手国の都合で捕らえられる。この非対称を放置してよいとは思わない。
とにかく記者の一日も早い解放を願う。
